大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和49年(ワ)1225号 判決

原告

吉本欽保

被告

鍜谷友忠

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し各自金七、一四八、二一五円及び内金六、五四八、二一五円に対する昭和四九年一二月二七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

(請求の趣旨)

一  被告らは原告に対し各自金一五、七七七、八〇七円及び内金一五、〇七七、八〇七円に対する訴状送達の日の翌日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行の宣言。

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

(請求原因)

一  原告は次の交通事故により傷害を受けた。

(一)  日時 昭和四八年四月二九日午後一時二〇分頃

(二)  場所 神戸市北区有野町有野二九八〇番地先県道神戸三田線路上

(三)  加害車 自動二輪車(神戸さ四四八五号)

運転車 被告淳一

(四)  被害者 原告(歩行中)

(五)  態様 前記道路を東から西へ横断歩行中の原告の左頭部に北進中の加害車の前照灯付近が激突した。

(六)  傷害の部位・程度(治療の経過)

原告は、頭部外傷Ⅳ型(京都学派分類Ⅲ型)、前額部裂傷、全身打僕擦過創の傷害を受け、別紙「治療経過一覧表」記載のとおりの入通院加療をした結果、次の後遺症が残つた。この後遺症は、自賠法施行令別表の後遺障害等級の七級四号(神経系統の機能に著しい障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に相当する。

(1) 整形外科的後遺症

昭和四九年六月一九日神戸労災病院において、痙直性跛行、左上下肢腱反射亢進、左肘関節一四〇度屈曲位にて拘縮、左手関節一一〇度挙屈位にて拘縮、左拇指内転位及び指関節一二〇度屈曲位にて拘縮、左第二ないし五指MP関節一二五度、PIP関節一二五度、DIP関節一三〇度にて拘縮、左足関節一二五度尖足位にて拘縮と診断された。

(2) 脳外科的後遺症

同年八月九日神戸大学医学部附属病院において、神経学的に左半身の不全麻痺、腱反射亢進、病的反射があり、脳波上右半球に徐波の出現を認めると診断された。

二  被告らは、次の理由により、本件事故によつて原告が被つた損害を連帯して賠償する責任がある。

(一)  被告淳一は、本件加害車を運転して事故現場付近を時速約五〇キロで道路左側を進行中、右側車線に駐車中の大型ダンプカーに気をとられ、前方注視を怠つたため本件事故を惹起したものであるから、過失による不法行為責任(民法七〇九条)がある。

(二)  被告友忠は、被告淳一の実父であつて、昭和四八年一月本件加害車を自己が資金(二六五、〇〇〇円)を拠出して被告淳一の遊興及び通学のため同人に買い与えたものであり、燃料費等の経費も自己が負担していた。そして被告淳一は当時一七歳で神港高校三年に在学しており、被告友忠と同居し、同人に養育されその監護を受けていたもので、休暇期間中アルバイトをして遊興費に充てることはあつても、まだ独立して生活する能力を有しなかつた。従つて、被告友忠は右加害車に対し運行支配と運行利益を有していたものであるから、運行供用者責任(自賠法三条)を免れない。

三  原告に生じた損害は次のとおりである。

(一)  治療関係費 金二、九九八、〇七〇円

1 治療費 金二、〇五五、七二〇円

(1) 近藤病院 金一、三五三、五一〇円

(2) 岡山健康学院 金六七七、四五〇円

(3) 吉田病院 金二四、七六〇円

2 入院雑費 金九六、九〇〇円

一日当り金三〇〇円の割合による入院三二三日間(近藤病院及び岡山健康学院の各入院日数の合計)の雑費。

3 付添看護費 金八四五、四五〇円

(1) 入院付添費 金四六五、七七〇円

原告が岡山健康学院に入院中の付添婦費用。

(2) 家政婦費用 金三七九、六八〇円

原告が近藤病院に入院中母親が付添つた昭和四八年五月五日より同年八月八日までの間、自宅の家事労働のため雇つた家政婦に支払つた費用。

(二)  後遺症による逸失利益 金九、九三三、二四七円

原告は事故当時三歳の健康な男子であるから、本件事故に遭遇しなければ、二〇歳時より六七歳時までの四七年間平均賃金を下らない収入を得て稼働できた筈であるのに、前記後遺症(これは自賠法施行令別表の七級四号に相当する。)により労働能力の五六パーセントを喪失した。そして昭和四八年賃金センサスによる二〇歳男子労働者産業計の平均年収は金一、〇九一、七〇〇円であるから、ホフマン式計算による右後遺症に基づく逸失利益の現価は、次の算式により(二八・三二五は三歳時より六七歳時までの六四年に対応する係数、一二・〇七七は三歳時より二〇歳時までの一七年に対応する係数)

1,091,700円×0.56×(28,325-12,077)=9,933,247円

金九、九三三、二四七円となる。

(三)  慰藉料 金三、五〇〇、〇〇〇円

前述のようにあらゆる治療方法を尽した末半身麻痺となつた原告の将来は暗澹たるものであり、この事情は十分参酌すべきである。

(四)  損益相殺 金一、六五三、五一〇円

被告らは近藤病院の治療費金一、三五三、五一〇円と損害賠償内金三〇〇、〇〇〇円を原告に支払つた。

(五)  弁護士費用 金一、〇〇〇、〇〇〇円

(1) 着手金 金三〇〇、〇〇〇円

(2) 成功報酬金 金七〇〇、〇〇〇円

四  よつて、原告は被告ら各自に対し、右差引損害合計金一五、七七七、八〇七円とこれより弁護士成功報酬金を控除した残金一五、〇七七、八〇七円に対する訴状送達の日の翌日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告の答弁と主張)

一  答弁

(一)  請求原因一の(一)ないし(五)の事実は認める。(六)の事実中、原告が近藤病院及び岡山健康学院で入院加療したことは認めるが、その余は知らない。

(二)  同二の(一)の事実中、事故当時における加害車の速度が原告主張のとおりであることは認めるが、被告淳一が前方注視を怠つたとの点は否認し、その余は争う。被告淳一とすれば、進路左側のいちご畑にいるたくさんのいちご狩り客に注意を払う必要があり、他方対向車線上に停車中の大型貨物自動車のため視界を遮られ、幼児(当時二歳)である原告の発見が通常の場合より遅れたのである。

同二の(二)の事実中、被告友忠が被告淳一の実父であり、本件加害車を被告淳一のために買い与えたこと、被告淳一が当時一七歳で神港高校三年在学中であつたことは認めるが、その余は争う。

(三)  同三の事実中、(一)の1の(1)の事実並びに(四)の事実は認めるが、その余は争う。

二  主張(過失相殺)

原告は、事故当時一家五人でいちご狩りに来ていたもので、原告の両親としては、本件事故現場のような交通頻繁な場所では幼児である原告を監督すべきであるのに、事故現場西方の客用テントのところで雑談をしており、原告が幅員六・六メートルの県道を渡つたことにも気付かず放置していたものであるから、著しい監督上の過失があるものといわなければならず、右過失は損害賠償額の算定にあたつて斟酌されるべきである。

(証拠)〔略〕

理由

一  事故の発生と受傷内容

請求原因一の(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二ないし第一〇号証、乙第一号証の七、原告法定代理人利恵子の本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一二、第一三号証及び原告法定代理人猛の本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告は本件事故により主張の傷害を受け、概ね原告主張のとおりの治療の経過をたどり(原告が近藤病院及び岡山健康学院で入院加療したことは当事者間に争いがない。)、昭和四九年六月一九日と同年八月九日にそれぞれ原告主張のような後遺症の診断がなされたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  帰責事由の存否

(一)  被告淳一について

前項の争いのない事実と成立に争いのない乙第一号証の二、三、五、六、八、九、証人笠原啓太郎の証言及び被告淳一、原告法定代理人猛、同利恵子の各本人尋問の結果を総合すれば、本件事故現場は、神戸方面から三田方面へほぼ南北に直線状に通じる平坦なアスフアルト舗装の道路上であり(右現場より約二〇〇メートル北方の附近で右道路は東にカーブしている。)、右道路は幅員が六・六メートルで歩車道の区別がなく、白色の中央線が表示されていたこと、右道路の車両の交通量はかなり頻繁であり、兵庫県公安委員会により車両の最高速度は五〇キロメートル毎時に規制されていたこと、道路の両側は人家の点在する一面のいちご畑であつて、事故現場の西側約一〇メートルほど入つた空地にテントを張つたいちご直売所があり、同所附近には折柄家族連れのいちご狩り行楽客が二、三〇人ほど賑わつており、また前記南北道路の南行車線上、事故現場より約三〇メートル南方の地点に一台の大型貨物自動車が停車していたこと、ところで被告淳一は、友人二名と東条湖へドライブに行くため、同人らの運転する自動二輪車と相前後して自らは本件加害車を運転し、約五〇キロメートル毎時で前記南北道路の北行車線を北へ向け走行中(右速度の点は当事者間に争いがない。)、本件事故現場附近に至つたのであるが、前述のように道路両側が家族連れの行楽客で賑つており、対向車線の見とおしも遮られていた状況であつたから、前方を不用意に横断する者があることも予測し、予め減速するなり、警音器を吹鳴するなどして前方左右の安全を確認して走行すべきであるのに、漫然進路前方のカーブと対向停止車両に気をとられてそのまま同一速度で進行したため、右停止車両との行き違いを終えた頃原告が前記道路を東より飛び出して西へ横断するのを約一四メートル前方に認め、咄嗟に急制動の措置を講じたが及ばず、自車前照灯附近を原告の左頭部に激突させ、原告を前方路面に転倒させて前述のように傷害を負わせたこと、被告淳一において前方をよく注視し的確な運転操作をしていたならば、約三一メートル前方において原告の行動に気付き前述のような衝突を回避できた筈であること、以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告淳一は、前方左右の安全確認を怠つた運転上の過失があることは明らかであり、本件事故発生につき民法七〇九条の不法行為責任を負うというべきである。

(二)  被告友忠について

被告友忠が被告淳一の実父であつて、原告主張のように本件加害車を自己が資金を拠出して被告淳一に買い与えたこと、被告淳一が当時一七歳で神港高校三年に在学中であつたことは当事者間に争いがない。そして前掲乙第一号証の八、九、成立に争いのない乙第一号証の四及び被告淳一、同友忠(但し、後記措信しない部分を除く。)の各本人尋問の結果によると、被告淳一は、右のように未成年の高校生であつて、被告友忠と同居し、その生計は全面的に同人に依存していたこと、加害車の購入目的は主として被告淳一の遊興用であり、登録名義人も同人であるが、前述のごとくその購入費はもとより、自賠責保険の保険料も被告友忠が負担したこと、加害車のガソリン代等の維持費は主として被告友忠が被告淳一に与える小遣いで賄われ、不足があれば被告淳一が休暇などのときにアルバイトで稼ぐ金でこれを支弁していたこと、加害車の保管場所は被告友忠の自宅であることが認められる。この認定に反する被告友忠本人の供述は採用できず、他に右認定を左右すべき証拠はない。

このような事実関係の下においては、被告友忠は、未成年の子がその所有車両を運転中に惹起した本件事故について、自らも自賠法三条の運行供用者として損害賠償責任を免れないものと解するのが相当である。

三  損害

(一)  治療関係費 金二、九九八、〇七〇円

1  治療費 金二、〇五五、七二〇円

近藤病院における原告主張の治療費額は当事者間に争いがなく、岡山健康学院及び吉田病院における原告主張の治療費額は、前掲甲第一二、第一三号証及び原告法定代理人利恵子の本人尋問の結果を総合してこれを認めることができる。

2  入院雑費 金九六、九〇〇円

前記一の認定事実と経験則により原告主張額を肯認することができる。

3  付添看護費 金八四五、四五〇円

前掲甲第一二、第一三号証及び原告法定代理人猛、同利恵子の各本人尋問の結果に前述した原告の年齢、家族構成を参酌すれば、原告主張額の支出並びにその必要性及び相当性を肯認できる。

(二)  後遺症による逸失利益 金四、二五四、〇八七円

原告が事故当時二歳七か月であることは前述のとおりであり、原告法定代理人猛の本人尋問の結果によれば、原告は事故前に普通の健康体を保持していたことが認められるから、原告は本件事故に遭わなければ平均余命六八・八〇年(昭和四八年度簡易生命表による。)の範囲内で一八歳時より六七歳時までの四九年間通常の男子労働者と同程度に就労して収入を得たものと推認される。しかるに原告は、前記一で認定したような後遺症が残つたのであり、成立に争いのない甲第一一号証によれば、昭和五〇年三月一四日神戸市立西市民病院において、原告の左上下肢痙性麻痺の程度は身体障害者福祉法別表の三級に該当する旨診断されていることが認められるのであつて、これらの事実によれば、右後遺障害は概ね自賠法施行令別表(昭和五〇年一二月五日改正施行前のもの)の九級一四号に相当すると考えられるが(この点に関する原告の主張は採用し難い。)、原告の将来就く職種によつては右後遺症による影響が比較的軽微な場合もありうるし、成育するまでに受けるであろう種々の教育や訓練、身体の適応性等の不確定要素を考慮し、原告の労働能力の喪失率は控え目にみて三〇パーセントとし、その状態が前記稼働可能期間継続するものと認めるのが相当である。そこで、一八歳時の男子労働者の平均年収額を昭和四八年賃金センサス第一巻第二表(産業計・企業規模計・学歴計)により、また、中間利息の控除をホフマン複式計算によることとして原告の得べかりし収益の現価を算定すると、次の算式(円未満切捨)

(61,100円×12+84,400円)×0.3×(28.3246-10.9808)=4,254,087円

により、金四、二五四、〇八七円となる。

(三)  慰藉料 金三、〇〇〇、〇〇〇円

以上認定の諸般の事情を総合斟酌し、慰藉料は右金額をもつて相当と認める。

(四)  過失相殺と相益相殺

前掲乙第一号証の六及び原告法定代理人猛、同利恵子の各本人尋問の結果によると、原告は事故当日、両親、姉弟と共に一家五人で現場附近にいちご狩りに来て本件事故に遭つたものであり、事故の少し前頃原告の一家はいちご狩りを終え、原告の父は前記直売所のテント内で休憩し、原告の母はその傍で次男のおしめを替えるなどしていたため、同所附近で遊んでいた長男の原告からは両親とも目を離していたことが認められ、反証はない。

ところで、本件事故現場のように交通の危険の多い道路でも幼児は往々にして車両の進行や動静に介意することなく横断しがちであるから、その親権者等の監督義務者は、自らこれに附添い、かかる幼児の軽率な行動を抑制しもつて事故の発生を未然に防止すべき監護義務があるものというべきところ、原告の両親は、右のとおり、この義務を怠り、漫然原告が単独で歩行するままに放置していた点で本件事故発生に過失の責があるものといわなければならない。そして原告のように二歳七か月の幼児で事理の弁護能力がないため被害者自身の過失を認めることができない場合でも、右のような親権者の過失は被害者側の過失として賠償額算定上参酌されるべきであるから、前認定の被告淳一の過失と対比するときは、二割の過失相殺をするのが相当である。

そうすると、本件賠償額は、前記(一)ないし(三)の損害合計金一〇、二五二、一五七円よりその二割(過失相殺分)を減じた金八、二〇一、七二五円からさらに当事者間に争いのない原告主張の損益相殺額金一、六五三、五一〇円を控除した金六、五四八、二一五円となる。

(五)  弁護士費用 金六〇〇、〇〇〇円

本件事案の内容、認容額等を考慮し、右金額をもつて本件事故と相当因果関係ある損害と認める。

四  むすび

以上のとおり判断されるから、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、以上の合計金七、一四八、二一五円とこれより弁護士費用金六〇〇、〇〇〇円を控除した金六、五四八、二一五円に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四九年一二月二七日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、正当としてこれを認容すべきであるが、その余の請求は失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原勝美)

治療経過一覧表

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例